イラン停戦で日経6万6329円|日銀78%利上げと両立するか

· Nikkei

停戦と最高値

29日の東京市場で、日経平均株価が前日比1636円高の6万6329円で取引を終え、終値として史上最高値を更新しました。上昇幅だけを見れば地政学リスク後退の一本道に見えますが、この最高値には表面の説明が解決しない矛盾が埋まっています。

イラン停戦の「暫定合意」は、トランプ大統領の最終署名をまだ得ていません。JDヴァンス副大統領は「明確に答えることは難しい」と述べ、イランの核開発問題をめぐる相違も残存しています。にもかかわらず、外国資本は日本株を積極的に買い進め、取引時間中に一時6万6505円という過去最高水準を更新しました。

この価格行動が示しているのは、停戦の実現確率ではなく、有事のドル買いポジションの解消圧力です。米国とイランが停戦延長の「覚書」をまとめたとの報道が流れた28日のニューヨーク市場でダウ平均が最高値を更新したとき、円やユーロ、豪ドルがドルに対して同時に強くなりました。これは停戦を材料視した個別の選好ではなく、地政学リスクプレミアムを積んでいたポジションが一斉に解消された構造的なフローです。29日の東京市場はその流れを引き継ぎ、半導体・電子部品関連銘柄を中心に幅広い銘柄に買いが広がりました。

ただ、外国資本が日本株に流入した理由を「停戦期待」だけに帰結させるのは過剰な単純化です。INPEX(1605)が原油先物価格下落を受けて反落したことは、停戦の受益者と被害者が同じ市場内で同時に発生していたことを示しています。資本は地政学リスク解消を一括りに好感したのではなく、原油安恩恵の大きいセクターへ選択的に移動しました。その選択の中心にあったのが、AI需要に支えられた電子部品セクターでしたが、この集中がなぜ今日この規模で起きたのかは、地政学要因だけでは説明が完結しません。

MLCC爆需の深層

停戦期待で買われたのが幅広い銘柄だったとすれば、最高値に最も貢献した銘柄群は地政学以外の力で動いていました。村田製作所(6981)が前日比12.4%高、太陽誘電(6976)が14.5%高でともに上場来高値を更新したことは、この日の株高が停戦期待だけで説明できないことを示す最も鮮明な証拠です。

村田製は27日に証券アナリスト向けミーティングで積層セラミックコンデンサー(MLCC)の需要の強さを提示しており、翌日の株価上昇はその内容を評価した機関投資家の買いが集中した結果です。太陽誘電は社長がAI向け電子部品の生産能力増強を視野に入れていると報じられ、同様に機関投資家のポジション積み増しを誘いました。TDK(6762)も連れ高となっており、個別銘柄の事象ではなくMLCCセクター全体の需給逼迫が価格に一斉に織り込まれた形です。

この需要の上流にあるのは、アンソロピックが企業価値9650億ドル(約154兆円)に達したとの発表です。AIデータセンターの急拡大がMLCCの構造的爆需を生み出しており、外国AIセクターの成長が国内電子部品メーカーの受注残を通じて日本株に伝播する経路が定着しつつあります。外国機関投資家はこの経路を「AI需要の日本株代替ポジション」として位置づけ始めており、停戦期待とは異なる時間軸の買いが電子部品株に積み上がっています。

問題はこのポジションが、今後数週間以内に到来する特定の変数に強く依存している点です。MLCCへの資本集中が「実需に支えられた選択的買い」として正当化される前提は、今の金融環境が維持されるという仮定の上に乗っています。その仮定が揺らぐ材料が、同じ29日の市場で並走していました。

日銀6月の条件分岐

電子部品株への資本集中が「AI需要という実需の裏づけがある」と評価されるとき、その評価を成立させている金融環境が同時に変化しつつあります。日銀の6月利上げ確率が78%に達し、長期予想インフレ率を示すブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)が2004年以降で過去最高の2.3%超を維持しているという事実がそれです。

植田総裁は5月19日にBEIについて「ちょっと上振れているところがある」と発言しており、日銀が基調物価の上振れリスクを明示的に警戒している状態です。4月の消費者物価の特殊要因除きコア指標は前年比2.8%と、3月の2.5%から加速しました。高市政権が3兆円補正予算を編成し長期金利が29年半ぶりの2.8%に達している状況で、日銀が6月に動かなければ円安・債券安・株安の「トリプル安」リスクが現実味を帯びます。この財政背景が日銀の利上げ判断を事実上後押ししている構造です。

財務省が日銀の6月利上げを「円安是正戦略の重要なタイミング」と位置づけているとの観測が浮上しており、利上げ実施と並行した為替介入によるドル売り・円買いシナリオも市場参加者の一部が織り込み始めています。現時点で市場が選択しているのは、利上げ実施を前提とした「円高でも株高継続」というポジションです。その根拠は、MLCCという実需に支えられた銘柄群が利上げ後の金利環境でも収益成長を維持できるという見立てにあります。

6月16日の日銀決定会合が近づくにつれ、村田製や太陽誘電の株価がこの見立てを維持しているかどうかが、最高値更新後の相場の方向を示す最も具体的な確認変数となります。利上げが実施されてもMLCC関連株への外国資本の純買いが継続するならば、今日の株高は地政学リスク後退の一時的反発ではなく構造的な資本移動の起点だったと判断されます。利上げ後にMLCC関連株への外国純買いが止まり国内機関投資家による利益確定が優勢となった場合、その持続性の評価は根本から変わります。

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