中東関税の二重圧力|トヨタ減益の底はどこか

· Nikkei

トヨタ決算と中東直撃

売上高が初めて50兆円を超えた日に、トヨタの株価は年初来安値を更新しました。史上最高の売上と3期連続の減益予想が、同じ決算書に並んでいます。

トヨタが5月8日に発表した2027年3月期の純利益見通しは、前期比22.0%減の3兆円です。市場予想(約3.7兆円)を大きく下回りました。その内訳が問題です。米関税の影響が1兆3800億円、中東情勢の悪化による生産・物流への打撃がさらに6700億円と見込まれています。二つの外生ショックが合計で約2兆円の営業利益を削る計算です。

中東リスクの起点は5月8日未明の出来事にあります。米軍駆逐艦がホルムズ海峡付近でイランと交戦し、原油価格が2%超上昇しました。ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約20%が通過する要衝です。通航リスクが上昇すると、日本の輸入コストは直接的に膨らみます。トヨタが中東影響として挙げた6700億円は、この構造的なコスト増を先取りしたものです。

問題はコストだけではありません。中東情勢の長期化は生産ラインの不確実性をも高めます。トヨタは今期の販売計画自体を下方修正しており、量の減少と単価コストの上昇が同時に進む局面に入りつつあります。逆説的に、売上高が過去最高を更新したのは前期(2026年3月期)の話であり、新年度はその達成水準からの逆戻りがすでに織り込まれています。

もっとも、今日の日経平均の下落(終値120円安、6万2713円)がトヨタ一社で説明できるわけではありません。前日の史上最大の上げ幅(3320円高)に対する利益確定売りが重なっており、ホルムズ交戦というニュースが引き金を引いた形です。条件として押さえておくべきは、WTI原油が90ドルを超えた水準を維持するかどうかです。90ドルを超えた状態が続けば、トヨタの6700億円という中東影響の見積もりは下方修正では済まなくなります。

日銀の沈黙と円安の構造

トヨタを直撃している原油高を引き起こしているのが中東の軍事リスクだとすれば、その同じリスクが日本の金融政策の方向を逆向きに動かしているのは注目に値します。

日銀は4月28日の金融政策決定会合で、政策金利(無担保コール翌日物)を0.75%に据え置きました。3月には需給ギャップをプラス圏に上方修正し、2026年度の物価見通しを2.8%に引き上げたばかりです。準備は整っていたはずでした。それでも利上げは見送られました。

植田総裁が示した理由は「中東情勢の影響を見極める必要がある」というものです。しかし、ある経済分析が指摘しているように、原油価格の上昇という影響はすでに現れています。WTIは年初の60ドル台から3月以降急騰し、一時100ドルを超えました。見えていないのではなく、政府のガソリン価格抑制策によって顕在化していないだけです。

高市政権は積極財政と金融緩和を志向しており、企業投資の冷え込みを避けるため総需要抑制を回避したい立場にあります。日銀が「ビハインド・ザ・カーブに陥らないよう点検する」と述べながら据え置きを続けているのは、この政治的文脈と切り離せません。3月の実質賃金は1.0%増と3カ月連続プラスで、利上げの経済的根拠は積み上がっています。

市場はこの構造を読み切っています。GW中に政府・日銀が実施した為替介入は4兆円規模とされていますが、ブルームバーグが報じているように、円ショートのポジションは継続されており、介入効果は一時的との見方が支配的です。ドル円は157円台で推移しており、次の米雇用統計(8日夜)で158円に近づく局面では再び急落警戒が強まります。

反転条件は一つです。日銀が6月会合で利上げを実施するか、少なくとも明確なタカ派シグナルを出すかです。そのためには、イラン情勢が落ち着き、原油価格の不確実性が後退する必要があります。停戦交渉の進展が為替の分岐点を兼ねているという構図です。

二つの圧力が交差する先

中東リスクが企業収益を直撃し、同じリスクが金融政策を縛る。この二重構造が今の日本市場の核心です。そして二つは独立していません。

ホルムズ交戦というニュースが流れた5月8日、長期金利は27年ぶりの高水準を記録しました。株安と円安と金利上昇が同時に進む「トリプル安」の局面です。通常であれば円安は輸出企業にプラスに働きますが、コスト増が先に来ているトヨタには恩恵より打撃が先行しています。IHIが今期の営業利益45%増(2400億円)を見通し、防衛・航空セクターが逆行高した事実は、中東リスクが業種間で全く異なる方向に作用していることを示しています。

前向きな条件として残っているのは三つです。米財務長官が11日から訪日し、為替と通商をめぐる協議が本格化する見通しです。米・イランの停戦交渉が進展すれば、原油価格の上振れリスクは一定程度後退します。ソニーが5000億円の自社株買いを発表し、純利益が2期ぶりに過去最高(1兆1600億円)を更新する見通しであることは、中東リスクを直接受けない内需・コンテンツセクターの底堅さを示しています。

下振れ方向で確認すべき閾値は、WTI原油の90ドル水準です。停戦合意が遅れてこの水準が定着すれば、トヨタの6700億円という中東コスト見積もりは保守的に過ぎたことになります。逆に、米イラン協議が5月下旬までに具体的な停戦枠組みに進めば、日銀の6月利上げへの道が開き、円安の構造的な転換点になり得ます。

今この局面で市場が折り込んでいないのは、両方のシナリオが同時に動く速度です。日経平均は終値6万2713円と前日の史上最高値から約4000円弱の水準にあります。この距離が「押し目」になるか「戻り売り」になるかは、ホルムズ海峡の情勢次第で今週末から来週にかけて決まってきます。

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