INPEX覚書崩壊で原油5%急騰|反発120円は買いか罠か

· Nikkei

第一章:米軍再空爆とINPEX急反発の構造

INPEXが7月8日の前場で前日比120円高の3401円を付け、大幅に反発した。前日のニューヨーク原油先物(WTI8月限)が5.3%急騰したことが直接の引き金となっている。問題は、なぜ今日に限って5.3%という規模の急騰が起きたかだ。

その答えは米中央軍の発表にある。米中央軍は7月7日、イランに対する「強力な空爆」を実施し、精密誘導兵器で80以上の標的を攻撃したと表明した。同時に米財務省は、イラン産原油の販売を一時的に容認していた制裁緩和措置を取り消すと発表した。ホルムズ海峡でイランが商船3隻を攻撃したことへの対抗措置だ。

これが何を意味するか。6月17日に米イランが署名した「戦闘終結に向けた覚書」は、わずか3週間で軍事衝突という現実にさらされた。覚書後、WTIは120ドル近辺から70ドル前後まで急落し、INPEX株も高値圏から調整していた。「正常化が進む」という読みが市場の共通前提だった。

その前提が7日に崩れた。カタールのLNGタンカー「アル・レカイヤット」がホルムズ海峡で攻撃を受け、サウジアラビアの原油タンカーも損傷した。海峡の脅威レベルは「Severe(深刻)」に引き上げられた。INPEXへの買いは原油価格の跳ね上がりへの即時反応だが、それが持続するかどうかは全く別の問いだ。

第二章:覚書の死角と「正常化」シナリオの崩壊

ここで重要な事実がある。覚書合意後に発表された複数のアナリスト分析は、「ホルムズ海峡の通航は7月末までに正常化する」という共通前提のもとに書かれていた。ゴールドマン・サックスのアナリストは6月末の時点で「来年には世界全体で日量200万バレル近い供給過剰となる」と予測し、原油相場の下方修正を示唆していた。

この予測が誤りだったのか。現時点では断言できないが、決定的な矛盾が露わになった。7日の攻撃はイランが覚書に従って行動しないことを証明したのではなく、「覚書があっても攻撃が起きる」という事実を突きつけた。イランは「壊滅的な報復措置を取る」と表明しており、停戦崩壊との見方が強まっている。

しかし視点を逆にすると、別の構図も見えてくる。株探のコモディティ専門誌(7月8日付)は「ホルムズ海峡の航行は正常化に向かっている」と分析し、覚書の第5項ではイランがオマーンと対話してホルムズ海峡の管理体制を構築する枠組みが明記されている点を重視している。この報道によれば、欧州の一部の国はイランやオマーンに通行料を支払う可能性すら受け入れつつあるという。

つまり同日のプール内に、「正常化継続」と「停戦崩壊」という真逆の論点が共存している。これがINPEX保有者と非保有者双方の判断を麻痺させている核心だ。原油販売ライセンスが取り消された今、INPEXが受ける収益インパクトは2つの方向に分岐する。ホルムズが再び閉塞し原油供給が絞られれば、INPEXの販売価格は上乗せされ収益拡大につながる。だが完全に停戦が崩壊した場合、日本の石油調達コスト上昇という別のリスクが浮上し、市場全体の圧迫要因になる。

第三章:供給過剰予測との矛盾とINPEXの判断軸

INPEXを評価するうえで見落とされがちな視点がある。日本の石油元売り大手はイラン外交筋の接触を受けながらも、「ホルムズ海峡での航行の安全が十分に確保されていない」として交渉成立を「現実的ではない」と判断している(東京新聞・共同、7月5日)。この慎重姿勢は、ENEOSなど日本の精製側が現時点でイラン産原油の調達を動かしていないことを意味する。

ここに埋もれたパラドックスがある。ゴールドマンの「日量200万バレル供給過剰」シナリオは、ホルムズ通航が完全正常化し、イランの生産能力がフル復活する前提で成立する。しかし今日の攻撃再開は、その前提を崩している。供給過剰にならなければ、原油価格は下がらない。原油価格が高止まりするなら、INPEXの収益環境は改善したままだ。

逆説的に、停戦崩壊の長期化はINPEXにとって収益面の追い風となりうる。ただし日本エネルギー経済研究所や政府機関がこのシナリオを明示的に言及している記事は今日のプールには存在せず、個別銘柄の方向性を確定するアナリスト評価も割れたままだ。

では何を確認すべきか。判断を分けるのは二つの変数だ。第一に、共同海事情報センター(JMIC)の脅威レベルが「Severe」から下がるか否か。これが下がれば「一時的緊張」として覚書継続の読みが正当化される。第二に、米財務省がイラン産原油販売ライセンスを再発行するかどうか。ライセンス再発行は覚書が機能していることを示し、供給過剰シナリオが再び有効になる。

一方、これらが実現しなければ、今日の+120円は「覚書崩壊リスクの本格化」の序章となる。保有者は脅威レベルの動向を単独の確認変数として管理すべきだ。見送っていた投資家にとっては、JMICの脅威レベルが「Severe」のまま推移し、かつWTIが72ドルを維持する場面が、エントリーの閾値がクリアされる状態となる。その反対に、ライセンス再発行と脅威レベル引き下げが確認された時点では、今日の+120円がただの過剰反応だったと判断できる。

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