キオクシアHD 8万円台続落|28.9倍業績でも天井論が拮抗する構造

· Nikkei

第1章:最高値から19%の急落が問う「業績と株価の乖離」

キオクシアホールディングス(285A)は、6月29日時点で8万8040円と前週末比4.49%安の続落となった。6月22日につけた終値ベースの最高値10万8700円からの下落幅は約1万9000円、率にして約17%に達する。問題は下落の理由だ。同社の2026年1〜3月期営業利益は5968億円と前年同期比16倍に跳ね上がり、4〜6月期の会社予想は営業利益1兆2980億円、前年同期比28.9倍という異次元の数字が出ている。業績の加速と株価の急落が同時に進行している。この逆説の起点は、6月27日の米国市場にある。AI・半導体関連の株価指数が5%安と急落し、その翌営業日にキオクシアへの売り注文が集中した。外部ショックが引き金を引いた格好だが、底流にある構造的な問いはより深い。10万円を突破した株価が個人投資家の間で「急落は単なる反動でまだ上昇が続く」という強気論と「天井をつけた」という撤退論に真っ二つに割れているのは、決算数字の解釈の差ではなく、この業績を支えている条件が今後も持続するかどうかの判断の差だ。その条件の本質がNAND型フラッシュメモリの需給と単価の動向に集約される。

第2章:「格下メモリ」が主役に躍り出た理由と59.5%営業利益率の正体

NAND型フラッシュメモリはかつて、半導体の中でも「できるだけ安く抑えるべき部品」と見なされていた。スマートフォンやパソコンの時代には、端末コストを削減する際に真っ先に圧縮される対象だったからだ。内藤証券の高橋俊郎氏は、「キオクシアの上場時、メモリは人気のない分野でした」と述べている。それが変わったのはAIエージェントの普及だ。楽天証券経済研究所の今中能夫氏は「本当の地殻変動は2025年後半から今年にかけて起きた」と指摘する。AIエージェントは一つの指示に対して複数の推論を連鎖させ、外部データベースを自律的に検索する。その過程でAIが読み書きするデータ量が爆発的に膨らんだ結果、大容量データを高速に出し入れするSSD(ソリッドステートドライブ)の重要性が急上昇した。SSDの中核に使われるのがキオクシアの主力製品、NAND型フラッシュメモリだ。従来の市場ではHBM(高帯域幅メモリ)が主役とされ、SKハイニックスやサムスン電子のようにHBMに経営資源を集中させた韓国勢が先行した。そこに埋まっている隠れた前提がある。「HBMが主役ならNAND専業のキオクシアは脇役」という通念だ。しかし今中氏は「SSDとDRAMの重要性が並ぶ局面になり、場所によってはSSDの方が重要という状況になった」と言う。韓国勢がHBMに注力した分、次世代NAND開発が手薄になり、NAND専業に近いキオクシアの技術蓄積が優位性に転化した。その結果が2026年1〜3月期の営業利益率59.5%だ。NAND販売単価が前四半期比2倍超に上昇した一方、出荷容量は10%減少している。需要に対して供給が逼迫した構造が単価を押し上げており、決して販売量で稼いだ利益ではない。

第3章:SKハイニックスの戦略転換が示すNAND単価持続性の分岐

6月23日にキオクシアが15%超の急落を見せた直接的な引き金は、SKハイニックスに関する報道だった。AI用メモリチップの生産増加ペースが鈍化したとの情報が伝わり、韓国KOSPI市場でSKハイニックスとサムスン電子がそれぞれ12%超の急落、翌日には両社がサーキットブレーカーを発動した。ここで見落とされやすい点がある。SKハイニックスは今年、HBM4への移行ペースを意図的に落とし、需給逼迫で高マージンが維持されている汎用DDR5 DRAMの利益確保を優先する方向に戦略を転換したと報じられている。DDR5の今年の営業利益率は90%近くに達する見通しとの試算もある。この戦略転換が示唆するのは、韓国勢がNANDに向ける生産容量を絞り込む方向であり、NANDの需給逼迫状態が継続するシナリオに傾く根拠だ。一方で、中国の長江存儲科技(YMTC)がシェアを拡大しており、低コストの中国産NANDが市場に流入すれば単価の下押し圧力になる可能性がある。楽天証券の今中氏を含む強気アナリストとこの中国勢のリスクを重視する見方との間に、NAND単価の持続性についての明確な対立がある。この対立が天井論と強気論の根本的な分岐点だ。キオクシアはエヌビディアと高速SSDを共同開発しており、事実上の業界標準を持つNVIDIAとの連携が単価交渉力を高める構造的優位として働く可能性がある。しかしその優位がYMTC台頭の圧力に対して十分かは、今後の四半期決算で確認するしかない。

第4章:検証変数と保有者・監視者それぞれの確認基準

ブラックストーンが6月23日に日本のAIデータセンターへの300億ドル投資計画を発表したことは、NANDを食い続ける需要側の継続を示す材料だ。ブラックストーンのグレイ社長兼COOは「AIセクターの過熱よりも計算資源の供給不足リスクの方がはるかに大きい」と述べた。需要側のファンダメンタルズは強い。だが市場の疑問はそこではなく、供給側に向いている。キオクシアの時価総額は一時60兆円超となり、日本市場でトヨタ自動車を抜いて首位に浮上した。これにより、日本株に連動するグローバルファンドがキオクシアの組入比率引き上げを迫られ、資金流入が続くという構造が生まれている。その分、時価総額ランキングからの陥落局面では保有比率調整の売りが集中するリスクもある。今日の売り注文ランキングで筆頭に立ったのがキオクシアであり、外資系資金の動きが如実に現れている。反落が機会か転落かを判断する最も早い検証変数は、2026年8月発表予定の2027年3月期第1四半期決算だ。会社予想の営業利益1兆2980億円を上振れれば、SKハイニックスの戦略転換がNAND市場にとって追い風だったことが確認され、押し目での参入論が強まる。逆に達成未満となれば、NAND単価がピークアウトした証左となり、天井論が正当化される。保有者が今見るべき指標は、次の四半期のNAND販売単価の動向であり、単価が前四半期比で維持または上昇しているかどうかが、そのまま保有継続か利確かの判断基準となる。監視者にとっては8万円台が二番底となるかどうかを8月決算で確認するまでの待機が合理的だ。株価が8万円を割り込むかどうかよりも、次の四半期でNAND単価の方向性が確定することの方が実質的な判断材料になる。

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